「洪水と水害をとらえなおす」というタイトルを不思議に思った方もおられるかもしれません。しかし、「洪水」と「水害」は別のものです。「洪水」は自然現象であり、「水害」は人の営みにともなう社会現象です。本書は、その両者の関係性を中心に論じています。
読みどころは3つあります。
ひとつは2000年代に入って増大した大規模水害に関する詳細な解説と有効な手立てについての提言、また、洪水・水害との関係からみた日本人の自然観についての考察、そして、これからの社会の基盤となるべき「都市の自然観」「地域の自然観」創造の提唱です。
川に関する初歩的な専門用語を「予備知識・川の専門用語」としてとりまとめていることも魅力のひとつです。
自然災害が多発するなか、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。
もくじ
執筆者
大熊 孝(おおくま たかし)
新潟大学名誉教授・水の駅ビュー福島潟名誉館長・NPO法人新潟水辺の会顧問・日本自然保護協会参与・(公財)こしじ水と緑の会理事。
1942年台北生まれ、高松・千葉育ち、新潟市在住、1974年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)、新潟大学工学部助手、講師、助教授、教授を経て、 2008年新潟大学名誉教授、同年新潟日報文化賞受賞。専門は河川工学・土木史、自然と人の関係、川と人の関係を地域住民の立場を尊重しながら研究している。
著書に、『利根川治水の変遷と水害』(東京大学出版会、1981年)、『洪水と治水の河川史―水害の制圧から受容へ』(平凡社、1988年、文庫版2007年)、『川がつくった川、人がつくった川―川がよみがえるためには』(ポプラ社、1995年)、『技術にも自治がある―治水技術の伝統と近代』(農文協、2004年)、『社会的共通資本としての川』(東京大学出版会、2010年、編著)、『みんなの潟学』(新潟市、2018年、編著)などがある。
推薦の言葉
高橋 裕(東京大学名誉教授)
洪水と水害を論ずれば当然ながら立ち向かう大波―伝統と近代化の相克―それを見事に泳ぎ切った著者ならではの快著。確固たる歴史観と地域特性の理解なくしては到達できない。
内山 節(哲学者)
民衆の自然観を破壊していった近代国家の自然観。本書は、それを見据えながら川と人間の関係を問い直す大熊河川工学の集大成である。
目次
- はじめに
- Ⅰ 私は川と自然をどう見てきたのか
- 第1章 日本人の伝統的自然観・災害観とは
- 第2章 近代化のなかで失われた伝統的自然観
- 第3章 小出博の災害観と技術の三段階
- 予備知識・川の専門用語
- Ⅱ 水害の現在と治水のあり方
- 第4章 近年の水害と現代治水の到達点
- 1 2004年7月 新潟水害と福井水害
- 2 2011年9月 台風12号による紀伊半島・相野谷川水害
- 3 2015年9月 利根川水系鬼怒川の破堤
- 4 2016年8月 岩手県小本川水害
- 5 2018年7月 岡山県倉敷・小田川水害
- 6 2019年10月 台風19号広域水害
- 7 現代の治水計画における問題点
- 8 ダムは水害を克服できたか?
- 9 ダム計画の中止とダムの撤去工事について
- 第5章 究極の治水体系は400年前にある――堤防の越流のさせ方で被害は変わる
- 1 信玄堤は本当に信玄が築いたのか?
- 2 筑後川右支川・城原川の〝野越〟
- 3 加藤清正の「轡塘」
- 4 桂離宮の水害防御策
- 5 信濃川左支川・渋海川(長岡市)の事例
- 6 近世における利根川治水体系
- 第6章 今後の治水のあり方 ――越流しても破堤しにくい堤防に
- 1 現代の治水問題
- 2 治水問題の解決は越流しても破堤しにくい堤防にある
- 3 堤防余裕高に食い込んで洪水を流す
- 4 今後求められる堤防のあり方――スーパー堤防に関する補足を兼ねて
- Ⅲ 新潟から考える川と自然の未来
- 第7章 民衆の自然観の復活に向けて――自然への感性と知性をみがく
- 1 ボランティア活動の限界――NPO法人新潟水辺の会の取組みから
- 2 水辺との共生を次世代に継承するためには
- 第8章 自然と共生する都市の復活について――新潟市の「ラムサール条約湿地都市認証」への期待
- 1 都市における「自然との共生」の試み
- 2 越後平野の開発の変遷
- 3 越後平野の自然復元の兆し
- 4 越後平野全域をラムサール条約〝湿地都市〟に――「都市の自然観」の創造に向けて
- 5 「社会的共通資本」としての川・自然環境と「都市の自然観」
- あとがき
- 参考文献
書評・反響
■ 書評・ネットでの紹介など ■
—– 2020/7 —–
新刊紹介 洪水と水害をとらえなおす――自然観の転換と川との共生
近年の水害において、相次いで報じられる高齢者の犠牲。自身の研究は役に立っていないのではないだろうか ―― こうした思いが著者を本書の執筆へと駆り立てた。50年間の長きにわたって川と向き合ってきた河川工学者による、その研究の集大成ともいうべき内容となっている。
本書は3部から構成される。「Ⅰ 川と自然を私はどう見てきたのか」では、近代化以前の日本人が自然との共生のなかで兼ね備えていた「民衆の自然観」が、明治の近代化以降に浸透しはじめた「国家の自然観」に取って代わられていったことを、自身の子ども時代の記憶や様々な経験とも重ねつつ明らかにする。「Ⅱ 水害の現在と治水のあり方」では2004年新潟水害から2019年台風19号広域水害に至るまで各地の水害を検証するとともに、約400年前に時を遡り伝統的治水工法を紹介、今後の治水策への示唆を導き出す。そして「Ⅲ 新潟から考える川と自然の未来」では、地元新潟での「NPO法人新潟水辺の会」の活動から、「都市の自然観」の創造に向けた地域での実践のあり方を検討している。