聞き書 奈良の食事 十津川郷の食より
なれずしを仕込める家は数少ない。なれずしをつくるためには、さえれ(さんま)を五〇尾も一〇〇尾も用意しなければならない。米もたくさん必要である。家によっては、夏に釣ったあゆを背開きにして塩漬けし、なれずし用に蓄えている。あゆのなれずしもつくり方は同じである。
塩がきいて身のしまったつぼ切りさえれ(背開きの塩さんま)が手に入ったら、正月の二週間前に仕込みにとりかかる。十分なれるとやわらかくなって、大骨も頭も食べられるので、骨などはとらずにそのままていねいに塩抜きをする。何度も水をかえて十分塩出しをしておかないと、できあがったとき塩からくて困る。
米はつぼ切り四尾に一合の割で用意する。もち米を混ぜる人もある。焦がさないように火加減に注意しながら、できるだけやわらかいごはんを炊くのがこつである。水が引きかけたらはしでつつき、湯を足してなじませ、これをくり返して、やっと手でまとまるくらいのやわらかいごはんに炊きあげる。冷めてから一尾分ずつまとめて、ふつうのさえれずしと同じように形をととのえる。桶にしだを敷き、さえれずしをきっちり並べる。その上にまたしだをのせてさえれずしを並べ、これをくり返す。落としぶたをして重しをし、一晩おいてから、ちょっと塩味がつくていど塩を加えた水をふたの上まで注ぎ、涼しいところへ置く。
大つもごり(大みそか)に、桶を逆さまにして水気を切り、はじめてふたを開ける。ほどよくなれたさえれのなれずしは、年始客にもふるまい、正月の気分を盛りあげる。
出典:藤本幸平 他. 日本の食生活全集 29巻『聞き書 奈良の食事』. 農山漁村文化協会, 1992, p.294-295