もくじ
急増するアライグマによる農作物被害
大消費地に隣接し、交通網も充実している埼玉県は、ベッドタウンであると同時に近郊農業が盛んな地域でもある。産出額全国7位(2016年〈平成28年〉農業産出額及び生産農業所得より)の野菜をはじめ、県西部を中心にナシやブドウなどの果樹栽培も盛んで、観光農園も多い。
鳥獣被害については、かつて中山間地である秩父地域などでサル、シカ、イノシシ等が問題になっていた。しかし2006年(平成18年)頃からアライグマの被害が急激に増加。捕獲数は2006年(平成18年)度の450頭から2016年(平成28年)度には5,244頭と急増している。
生息地も、急速に拡大しており、当初は秩父地域や比企地域など、中山間地や丘陵での被害や捕獲が多かったが、数年で隣接する地域にも拡大し、現在は県内ほぼ全域で生息が確認されている。
アライグマの生息拡大に伴い、果樹や野菜を中心に農業被害も拡大し、年間1,610万円前後の被害が発生している(2016年〈平成28年〉度埼玉県農林部集計)。
また、家屋の天井裏などをねぐらとするため、騒音や糞尿で汚したりする生活環境被害も発生しており、エサ場とする水辺のイモリやトウキョウサンショウウオ等の希少動物を食い荒らすなど生態系被害も問題になっている。
そもそもアライグマは、日本在来の野生動物ではなく、外来の動物であり、1977年(昭和52年)に放送されたテレビアニメの影響で人気となり、ペットとして大量に輸入されたものが、捨てられたり逃げ出したりして野生化した動物である。2006年(平成17年)には「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」注1)(以下「外来生物法」)に基づく特定外来生物に指定されている。
そのため、埼玉県では、2008年(平成19年)に策定した「埼玉県アライグマ防除実施計画」注2)に基づき、市町村や関係機関と連携の上、埼玉県でのアライグマの被害管理、捕獲、処分までの総合的な体制で、計画的な防除に取り組んだ結果、2014年(平成26年)~2016年(平成28年)の3年連続でアライグマによる農作物の被害金額は減少している。
注1) 特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律 http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=416AC0000000078&openerCode=1
特定外来生物の一覧 https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list.html
注2) 埼玉県アライグマ防除実施計画 https://www.pref.saitama.lg.jp/a0508/gairai/documents/634726.pdf
埼玉県の取り組み
▍アライグマ防除実施計画の策定
一般的に野生鳥獣は鳥獣保護管理法の対象であり、むやみに捕獲することはできない。これは、アライグマも同様である。捕獲するためには、狩猟免許を取得し、有害鳥獣捕獲許可を得るか、猟具や期間などが定められた一般的な狩猟で行うのが原則である。
しかし、アライグマは、外来生物法によって特定外来生物にも指定されている。県の計画に基づいた環境大臣等の確認を受けての防除の場合、鳥獣保護管理法の適用が除外され、捕獲することができる。
そこで埼玉県では外来生物法に基づき、2007年(平成19年)から「埼玉県アライグマ防除実施計画」を策定し、「アライグマ捕獲従事者養成研修会」を県内各地で開催するなど市町村が主体となって行う計画的な捕獲を支援することとし、この研修を受講すれば、狩猟免許を持っていない者も、アライグマの捕獲従事者として市町村に登録することによりアライグマを捕獲できるようになった。
▍被害予防対策と計画的捕獲の組み合わせ
捕獲が認められたからといって、すぐにアライグマの被害が防げるわけではない。そもそもアライグマが増える原因を分析し、被害を予防するとともに、計画的かつ効率のよい捕獲方法を組み合わせることで個体数を減らし、最後はアライグマの被害を根絶していく必要がある。
そこで上記の「アライグマ捕獲従事者養成研修会」では、農作物野生鳥獣被害対策アドバイザーであり、アライグマ対策の第一人者である古谷益朗氏(埼玉県農業技術研究センター)を講師に、アライグマの総合的被害対策について受講者に学んでもらっている。
古谷氏の講義で強調するのは、鳥獣の被害対策は「食(エサ)・住(すみか)・体(捕獲)」の組み合わせで行うべきということである。
■無意識なエサやりをやめる
「食」は、エサを与えないということ。意図的なエサやりがいけないのは当然であるが、実は集落内で「無意識なエサやり」が非常に多く見受けられる。スイカなどの収穫後の残渣、廃園となった果樹、誰も収穫しない柿の木など、被害とならない農作物(エサ)が集落内にたくさんあれば鳥獣はやって来るし、どんどん増える。対策の第一は、まずはそんな無意識なエサやりをしていないかを点検し、集落が協力してなくしていくことである。
■安心できる場所をつくらない
「住」は、安心して休息したり繁殖できる場所(すみか)をなくすこと。とくにアライグマは家屋や物置、神社仏閣、集会施設などの隙間から入り、天井裏などをねぐらにすることが多い。
とくに昭和40年代に建てられた古い空き家や神社仏閣は隙間が多く、人の気配もしないためにねぐらにされやすい。そのような場所(すみか)が集落の中にあると、作物を狙う前線基地となるとともに出産場所となって、生息数を増加させる原因になってしまう。心当たりのある場所は必ず点検して、隙間をふさぐだけでも周辺の被害は抑えることができる。
■加害個体を他人まかせにせず獲る
「体」は計画的な捕獲のことである。農作物の被害対策として捕獲を考えると、駆除業者や専門家に依頼して、とにかくたくさん獲ればいいということではない。まずは被害を与えている個体から、効率よく捕獲することが重要になってくる。
このため、まずは畑や園地を被害防止柵で囲うなど、農業者自らが農地をしっかり守ることを徹底し、その周りに箱わなを置けば、被害を与えていた個体を農業者自らが捕獲できる。つまり、捕獲を人まかせにしない意識改革こそが対策として重要なポイントである。
また一般的に、農作物被害が多く出るのは9月頃までで、秋から冬にかけては捕獲圧が減りがちになる。しかし、アライグマの春に生まれた個体は、秋に親離れし、その子も含めて冬の間に発情、妊娠し、4月には出産のピークを迎える。つまり長期的な視点に立ち、地域の個体数を減らしていくためには、農作物被害がなくなる9月以降にこそ集中的に捕獲圧をかける必要がある。
講義では、ほかにも箱わなの設置場所、エサの種類や仕掛け方など実践的な捕獲のコツについてもアライグマの生態的な特徴と併せて紹介。効率的な捕獲を支援する一方で、「食」や「住」という被害予防対策を地域住民が一体となって行っていくことが重要であると強調している。
▍効果的な被害防止柵、専用捕獲器の開発・利用
アライグマによる農作物被害を防ぐため、農業者自らが農地を被害防止柵で囲うなどしっかりと守った上で捕獲と組み合わせることが重要であることは前述のとおりである。しかし、被害防止柵も、ただ囲うだけでは効果が出ない場合もあることから対象とする動物の特徴を知り、本当に嫌がる効果的な柵にする必要がある。
アライグマが柵で囲った農地に侵入する際にとる行動には優先順位があり、1位が隙間から、2位が登るとなっている。柵やネットで囲ったとき、隙間がなければ木などに登り、わざわざ穴を掘ることはないことがわかっている。
■中型動物の農作物被害防止柵 楽落くん
埼玉県農業技術研究センターでは、前述のアライグマの習性と、普段通っている場所に新しくできた障害物の危険性を確認しようとする探査行動、柵の飛び越え能力を加味して、アライグマを始めとした中型動物の被害防止柵「楽落くん」を開発した。
「楽落くん」は、地際に高さ約40cm樹脂製ネット(トリカルネット)を張り、その上部に通電線を通したものである。隙間なく設置すれば、アライグマはかならず乗り越えようとして感電する。効果の高い柵である一方、人間にとってはまたげるほど低いので作業が楽になり、設置も片付けも簡単にでき、安価なこと(資材費が約200円/m)が特徴となっている。
被害が出る前からこの柵で囲い、設置した日から常時通電するなど基本的なポイントを守れば被害防止効果はより高く、その周りに箱わなを置けば、捕獲効率の向上が見込まれる。
■アライグマ専用捕獲器
また箱わなについても、より効率よく捕獲できるものを求めてアライグマ専用捕獲器を開発した。
従来の中型獣用の箱わなは、ハクビシンやタヌキ、アナグマ、テン、ネコなどが先に捕獲されてしまう錯誤捕獲が多かった。このため埼玉県農業技術研究センターではアライグマの行動特性を分析し、前肢を手のように使って狭い隙間の奥のほうにあるエサを取ろうとする特異的な行動に着目。長さ約30cmの筒の底にエサを入れ、アライグマが筒の中に前肢を入れるとわなが作動する「筒型トリガー」をつくることで、ほかの動物では作動しない仕組みが作られた。
また、筒型トリガーを使うことでアライグマは二足起立するため、箱わなの奥行きを短くしても扉が閉まる。また、奥行きが短いほどアライグマも侵入しやすく、コンパクトな形状でかつ捕獲効率の高い箱わなとなっている。現在、錯誤捕獲が問題になっている市町村に向けて箱わなの導入を推進することで、より効率的なアライグマの捕獲を目指している。
▍捕獲したアライグマの処分 出口(処理方法)の整備
捕獲したアライグマは、外来生物法において、学術研究など特別な目的で許可を得た場合を除いて飼育・保管・運搬はできない。このため、捕獲後できるだけ速やかに殺処分し、焼却、埋設など適切に処理する必要がある。
捕獲個体の処理方法が定まっていないと、アライグマの捕獲は進まない。そこで埼玉県では、それぞれの市町村が処理方法を整備し、役場で捕獲した個体を引き取り、速やかにゴミ処理施設内の処理場で炭酸ガスにより安楽死させる、あるいは獣医師により麻酔薬を投与するなどした上で焼却・埋設するなど地域の条件に応じた適切な方法をとっている。これにより処理方法に悩むことなく、捕獲従事者は捕獲を進められる。
▍情報を収集・分析・共有する体制整備
被害対策を進める上でもうひとつ重要なことは、生息状況や被害、捕獲状況などの情報を収集・分析し、共有する体制整備である。
県ではアライグマの捕獲頭数が多く被害が大きい地域を「重点対策地域」、被害や目撃情報のある地域を「生息確認地域」、被害や捕獲実績のない地域を「生息未確認地域」と色分けし、被害の防止と拡大を防ぐ上での目安としている。たとえ生息未確認地域であっても、隣接する地域が重点対策地域や生息確認地域になっていた場合、侵入、定着する恐れが十分にあり、監視を強化する必要がある。
そのため、捕獲されて市町村に持ち込まれた個体については、必ず捕獲日時や場所を性別、体長等の個体データとともに記録し、市町村が県環境管理事務所に毎月報告が行われている。これらのデータを元に県は防除実施計画を検証して必要に応じ変更することで、現場の状況に応じた的確な防除が進められるようにしている。
埼玉県におけるアライグマ対策の体制
鳥獣害対策においては、正しい知識と情報を共有することが何より大事である。一般に言われる動物の生態や行動、被害対策の中には根拠のあやふやな情報も多く、それらを信じているがために対策が進まない状況も多いという話もある。その点、埼玉県ではアライグマの生態から被害予防、捕獲の方法まで県の農林総合研究センターが実践的な調査・研究を行い、環境部みどり自然課が開催するアライグマ捕獲従事者養成研修等を通じて、正確な情報を実際に捕獲する従事者にまで伝える体制が整備されている。
また、被害対策は捕獲だけでは進まないことも周知徹底し、被害防止柵を設置するなど、農業者自身が農地を守る意識改革を行い、実行することが必要であると呼びかけていることも大きな特徴である。実際に被害防止策を設置するにあたっては、地域のJAも資材の調達や設置作業に協力するなど官民一体となった体制ができている。
参考文献
古谷益朗(2016)『ハクビシン・アライグマ』農山漁村文化協会.
江口祐輔監修(2013)『最新の動物行動学に基づいた動物による農作物被害の総合対策』誠文堂新光社.
江口祐輔(2016)『本当に正しい鳥獣害対策Q&A : 被害の原因は「間違った知識」にあった!』誠文堂新光社.
写真・図版協力:古谷益朗
(平成29年度 農林水産省 鳥獣被害対策基盤支援事業「鳥獣被害対策基盤支援事業 対策手法確立調査・実証事業調査報告書」より)
生息域の拡大
アライグマによる全国の農業被害は2011年(平成23年)から3.5億円程度の被害額で推移している(農水省発表資料)。一方捕獲頭数は年々増加傾向にあり、北海道では2006年(平成18年)から2016年(平成28年)の10年間で1,724頭から12,354頭と約7倍。被害金額は約2,800万円から約9,060万円となっている。また生息市町村は1995年(平成7年)度の24市町村から2017年(平成28年)度の149市町村とほぼ全道で生息もしくは目撃情報がある。また、九州地方では北部から南部へと生息域を拡げつつある。
参考資料:北海道環境生活部環境局生物多様性保全課 「アライグマ対策のページ」
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/alien/araiguma/araiguma_top.htm
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/araiguma/genjyo28Ver2.pdf