聞き書 埼玉の食事 川越商家の食より
春もたけなわのころ、大旦那の実家からわらびやぜんまい、たけのこが、遠い山村の春の便りとともに、島田馬車(一頭立ての乗合馬車)で届けられる。
■夜――麦入りごはん、さばの煮つけ、ふきの煮もの、うどの吸いもの
夕方新しくごはんを炊く。お初といって炊きたての釜の最初の一すくいを仏さまにお供えする。おかずは、新巻鮭の切り身を湯で塩出しして焼いたものやさばの煮つけ、とり合わせにほうれんそうのおひたし、ふきの煮もの、せりのごまよごしなどをつくり、うどの吸いものなどをつける。野菜は昼すぎに近長の若い衆が御用聞きに来て、あとから届けてくれる。
三月の末から四月にかけて、たけのこの到来ものがあると、混ぜごはんにしたり、鶏肉や油揚げと一緒に炊きこみ、たけのこ入りのきがらちゃ(炊きこみごはん)にする。たけのこの皮は、裏返して梅干しの果肉を入れていちょう形に包み、子どもが吸ってしばらくよいなぐさみにする。
晩酌は大旦那と旦那で一合飲むていどである。酒のさかなは、昼間のうち、魚屋の近長の小僧さんが来て、「今日は生きのいいのが入りましたぜ」といいながら、桶のふたをくるりとひっくり返してまないたにし、寒ぶりや時節のたねもの(上等な魚)を切り身や刺身につくってゆく。
大旦那のおかみさん、は満がいたころは、晩酌のときに奥蔵に面した中庭の廊下で常磐津を弾いて興を添えたりもした。
写真:春の夕食
ほうれんそうのおひたし、ふきのとうの煮もの、新巻鮭の切り身、麦入りごはん、うどのお吸いもの。旦那には酒と刺身をつける。
出典:深井隆一 他編. 日本の食生活全集 11巻『聞き書 埼玉の食事』. 農山漁村文化協会, 1992, p.259-261