正月は、いのししの吸いもんで―晴れ食・行事食

連載日本の食生活全集

2022年01月05日

聞き書 鹿児島の食事 鹿児島市(商家)の食より

正月
暮れの三十一日の総決算は、元日の朝七時ごろまでかかる。一〇時になると店員も一緒に元旦を祝う。寄宿舎の表座敷に集まり、まず地酒のお屠蘇をいただく。お屠蘇には錫器を用いる。次に一人一人高膳で正月料理をごちそうになる。かまぼこやつけ揚げ(さつま揚げ)、こぶ巻きなどの盛り合わせ、数の子、煮豆などである。これが終わると店員たちは、三日まで正月休みで郷里に帰っていく。
別宅では、正月は玄関に名刺受けを準備して年始のあいさつを受け、またこちらも、親類縁者および商売仲間の年始回りに一日中かかわる。座敷まで上がる年始客、玄関までで終わるお客、それぞれであるが、座敷まで上がる客には正月料理を出してもてなす。おっさんや萩乃さんは座るひまもなく忙しい三日間である。
正月料理にまず欠かせないのが、いのししの吸いもんである。いのししのようにたくましく、強く生きよという意味を含んだこの吸いものは、年はじめの祝い膳に縁起ものとして必ず食べている。いのししの肉は年末になると、納屋馬場の入り口あたりに、霧島方面から振り売りなどが来て売っている。
口取りに、つけ揚げ、かまぼこ、こが焼き(白身魚のすり身入り卵焼き)、ゆで卵の花形切り、それに、ごぼう、やまいも、しいたけなどの煮もの、こぶ巻きを中皿いっぱいに盛りつける。塩ぶりの刺身、ごまめ、数の子も添える。塩ぶりの刺身は酢をつけて食べる。ほかに、豆は十六寸豆を白くやわらかく煮る。かしわの甘煮や、にんじん、かぶを花形に切った酢のものなども準備する。
昼食にはもちを焼いたり白飯を炊いたりし、お雑煮は夕食につくる。四角に切ったもち二切れに、しいたけ、かまぼこ、車えび一尾を添えた澄まし仕立てである。

写真:正月の祝い膳
左の膳:〔上左から〕口取り(こが焼き、かまぼこ、煮もの、やまいもの茶きんしぼりなど)、酢のもの(かぶ、にんじん、れんこん)。〔中〕ごまめ、数の子、十六寸豆の煮豆。〔下〕雑煮、かしわの甘煮/右の膳:塩ぶりの刺身、いのししの吸いもん、酒

 

出典:岡正 他編. 日本の食生活全集 46巻『聞き書 鹿児島の食事』. 農山漁村文化協会, 1989, p.21-22

関連書籍詳細

日本の食生活全集46『聞き書 鹿児島の食事』

岡正 他編
定価3,038円 (税込)
ISBN:9784540890055
発行日:1989/12
出版:農山漁村文化協会(農文協)
判型/頁数:A5 384頁

鹿児島は南方食文化の北端。いも・鶏・糸瓜・豚の調理に南方の食習慣が息づく。海上の味=ヤポネシア構想の主舞台の陽光あふれる南国の味。
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