聞き書 岡山の食事 瀬戸内沿岸・島しょの食より
五月十日から十二日までは、祇園さまの春祭りである。「呼ばぬのに行くのが祭りの客」といわれるほど、親せきとの交際も広く行なわれる。この時期は春魚の最盛期で、たい、さわら、いか、かになど、ごちそうの魚は、ほとんど自分の手で豊富にとれる。春の魚の代表はなんといってもさわらで、刺身、いりもの、焼きもの、なますなど、さまざまな料理に使われる。今年もさわらを食べたというしるしや魔よけのために、尾を軒先にさしておく村もある。
春祭りのごちそうは、ちらしずし、尾頭つきのいりもの、お平(野菜の煮ものに魚の上置き)、いかとたけのこの木の芽あえ、かにの酢のもの、さよりのおつゆなどの料理に、必ず甘酒がつく。
お客料理の中心であるちらしずしは、春の香りでいっぱいである。さわらの酢魚、くろばかま(えびの一種)、いか、あなごの照焼きなど豊富な魚類のほかに、かんぴょう、高野豆腐、しいたけ、たけのこ、ふき、さやえんどう、れんこん、ごぼう、卵焼き、紅しょうが、木の芽など季節の材料が豊富に用いられ、いろどりも華やかである。
ちらしずしは、ひとかかえ以上もある三升どりのすしはんぼうに一杯では足りず、二杯も三杯もつくる。というのは、お客のおみやげとしたり、近くの親せき中に配るからである。まず重箱の底へいろどりよく材料を並べ、その上にすしを詰め、もう一度上に具を飾る。重箱を移しても盛りつけが美しいようにとの配慮である。また、祭りが近づくと米こうじをつくり、甘酒も手づくりする。祭りが終わっても飲めるように、かめいっぱい多めにつくっておく。
写真:春祭りのごちそう
膳の中:〔上左から〕めばるのいりもの、おき魚としてげたをのせた煮しめ〔下左から〕いかとたけのこの木の芽あえ、さよりの吸いもの/膳外:すしと甘酒
出典:鶴藤鹿忠 他編. 日本の食生活全集 33巻『聞き書 岡山の食事』. 農山漁村文化協会, 1985, p.28-29