道行く人も呼びとめて、どじょう汁で骨休み――晴れ食・行事食

連載日本の食生活全集

2023年06月13日

聞き書 香川の食事 さぬき平野の食より

どじょう汁を楽しむ寄り合い
田植えも終わり、汗で顔が光るころになると、綾歌郡羽床村あたりでは、そこここで、うどんとどじょうを入れたどじょう汁づくりがはじまる。どじょうは産卵期前の六月から七月にかけてが一年中で一番おいしい。いろいろな共同作業や寄り合いごとには、申し合わせたようにどじょう汁を炊き、また、各家々にも「今日はうちにどじょう汁を炊くぞ」と隣り近所、親しい家にふれ歩く。
どじょう汁は何といっても、汗を流して田んぼ仕事をしたあとの疲れなおしに一番である。たっぷりの野菜にうどんとどじょう、これほど元気をとり戻す料理はほかにない。しかも男料理で味も格別。女子衆はお相伴である。
男衆が子どもたちとじょうれん(割り竹で編んだ砂や土を運ぶ箕の形をしたもの)をさげて、井手やよけ(稲刈り前に、水田の排水のためにつくるあぜ岸の溝)や小川で泥だらけになって、どじょうをすくって来る。女子衆は、なす、ねぶか、ごぼう、その他の夏野菜、奮発してあぶらげも用意し、大きめに切る。
夕方になると外庭にかまどを据える。焚き木が音を立てて燃えさかり、大釜に湯がたぎる。水に放してごみをふかせた(泥を吐かせた)大きいどじょうを、水を切って桶に入れ、酒を飲ませて身をしめる。さらに塩をしっかりふってぬめりをとってよく洗い、一気に釜の中に流しこむ。次に、なす、あぶらげ、ごぼうなどを入れる。野菜がわき上がるのを見計らって味噌を入れて味をとる。
一方で塩を入れずにうどん粉を練りあげ、太めに切ったうどんを用意しておく。これを釜に入れ、うどんが固まらないようにさばき、ひとわきしてうどんが浮き上がったら、ねぶかをしっかり入れて混ぜる。うどんが少し固めなころが食べごろで一番おいしい。
待ち構えた人々が二〇人、三〇人と集まり、道行く人も目につけば呼び止め、気軽にみんなが集まって来る。どんぶり片手に大釜を囲んで好きなようによそい、大きなどじょうを丸ごと食べて舌つづみを打ち、話に花を咲かせる。玉のような汗を流しながら、二杯三杯と重ね、どじょう汁のうまさを満喫する。
男衆はむしろの上に腰をおろして、どじょう汁をさかなに冷や酒をくみ交わし、夜おそくまで親睦が続く。「ああ、ごっつぉうさん。今度はうちに炊くから、みんな来てくれや」と次の予定が決まる。楽しい夏の行事のごちそうである。

写真:味噌仕立てのどじょう汁

 

出典:井上タツ 他編. 日本の食生活全集 37巻『聞き書 香川の食事』. 農山漁村文化協会, 1990, p.165-169

関連書籍詳細

日本の食生活全集37『聞き書 香川の食事』

井上タツ 他編
定価3,850円 (税込)
ISBN:9784540900068
発行日:1990/8
出版:農山漁村文化協会(農文協)
判型/頁数:A5上製 384頁

じゃこだしで食べるさぬきうどん、さわらでつくる魚ばっつおのごちそう、行事に欠かせない鮒のてっぱい。讃岐三白の伝統をひく食べものと溜池からの恵みを聞き書きする。
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