聞き書 長野の食事 伊那谷の食より
二月ころまでの水引きや凍み豆腐つくりの内職仕事も終わり、三月の彼岸がくると、田畑へ木の根や草が入ってこないように、田畑のまわりを深く掘るくろまわしをする。
四月の十五日は苗代づくりで、春の農作業が全開する。水はまだ冷たい。女は長着へたすきをかけ、着物の裾をはしょって腰へしばり、田へ入るが、田んぼごしらえはおもに男の仕事である。
田植えどきのおかずには、冬の間につくっておいた大根干しや凍み大根の煮ものをよくつくる。干したり凍らせたりした大根は、生のものより味がしみて、おいしい。
苗代づくりが終わって一息つく間もなく、五月十日になると、春蚕の掃立てである。蚕室に温度をかけて蚕種から毛子にする。
蚕の仕事は女衆がおもにする。温度や湿度に細心の注意を払って育てるが、それでもたまには腐り蚕を飼ってしまう。
食いのび(桑の食いざかり)になると大変である。朝は四時から夜おそくまで桑の心配をして、昼間は桑とりである。家の中は蚕の棚でいっぱいになり、家族は棚の間に寝る。
蚕と田植えが重なると、子どもたちも大切な労働力である。学校へ行く前や帰ってからも、桑とりや給桑に追いまわされる。
■昼――朝の残りを急いで食べて
春蚕のおやとい(上蔟)がすむと、麦刈りをする。すぐにそのあと田植えが待っている。春は仕付け仕事(田植えなどの農作業)で忙がしいが、一日一日と成長する作物や蚕を見ていると、からだを粉にして働いても充実感がある。お昼はゆっくり食べているひまがない。朝の残りごはんを、たくあんをおかずにしてお茶漬で胃袋へ流しこむ。
写真:春の昼食
上:たくあん、煮しめ(たけのこ、凍み豆腐、にんじん)/中:わらびの煮つけ/下:麦飯、味噌汁(こうしいも、たけのこ、大根、青菜)
出典: 向山雅重 他編. 日本の食生活全集 20巻『聞き書 長野の食事』. 農山漁村文化協会, 1986, p.97-99