聞き書 長野の食事 佐久平の食より
日陰にはまだ雪が残っているが、日だまりには、いぬふぐりが花をつける。春一番にとれるふきのとう、なずなを摘みに、人々は外にくり出す。冬中青ものが不足するためか、なずなのおひたしはだれもが待ちこがれた春の味である。
浅緑のふきのとうを見つけたときは、つけ木焼きをする。香ばしい味噌の香りと、ふきのとうのほろ苦さは、佐久のねばっこい白米飯とよく合って、しゃもじをかついでしまう(食べこむ)。
三月の畑からとれるものは冬菜(雪菜)、ほうれんそうであるが、冬の凍みで枯れ葉が多く、青ものとしては貴重である。
四月の声を聞くと、急に忙しくなる。いろりの火も日中はとぼれて(消えて)、家族総動員で野良にくり出す田おこし、苗代、田かき、土手塗りと、重労働に重なって春蚕の掃立ても迫り、桑畑の手入れ、蚕室の準備と猫の手も借りたいほどである。そのため、食事を準備する時間も惜しんで野良仕事に励む。
蓄えてあった凍み豆腐、凍み大根も使い切るころである。畑の野菜もとう立ち(す入り)してしまうので、これらを使った煮こじが、毎食登場する。
遠くの山畑や、山林の手入れに弁当持ちで出かけることが多く、きな粉むすび、味噌むすびをつくる。
日も長くなり、労働もきつくなるので、おこびれ(小昼=間食)にも、むすびやこねつけやきもちをつくる。こねつけやきもちは、味噌と油とにらがよく調和して、このおこびれのときは仕事がはかどる。
写真:春の昼食
きな粉結び、味噌漬、煮もの(切干し大根、にしん)
出典: 向山雅重 他編. 日本の食生活全集 20巻『聞き書 長野の食事』. 農山漁村文化協会, 1986, p.181-182