聞き書 香川の食事 瀬戸内沿岸の食より
■ひな節句、山上がり
ようやく春がきた。山にはつつじが咲き、道端にはたんぽぽが咲く。ひな節句の旧三月三日は、大人も子どもも春の一番の楽しみの山上がり(山登り)の日である。ひな節句には、桃に柳の枝、よもぎもちにおはぜ、それに生のはまぐりとわけぎを必ず供える。「かいない節句はせんもんじゃ」といわれ、貝のないのはかいない(不十分だ)に通じるとされるからである。
山上がりの弁当は朝早くからつくる。巻きずし、きつねずしと、このころちょうど春の網ではじめてとれだすかにやしゃく(しゃこ)の塩ゆでは欠かせない。それにかまぼこ、揚げもん、ゆで卵に卵焼きと色とりどりに詰める。子どもたちは学校からかけもどり、一〇時ごろには家族そろって家のすぐ近くの小高い山に登る。重箱や大皿にたっぷりのごちそうと酒、お茶をやかんで持っていく。男たちは、山の上で酒をくみかわし、子どもたちはかけっこや相撲をする。女たちはおしゃべりに花を咲かせ、わらびやぐみ、いたどりをとったりする。持ち帰ったわらびはたけのこやはまぐりと一緒に白あえにし、晩飯のおかずにする。
写真:山上がりの弁当
左:巻きずしときつねずし/右:〔左上から時計回りに〕厚焼き卵、ゆで卵、揚げもん、塩ゆでのしゃく、塩ゆでのかに、かまぼこ
出典: 井上タツ 他編. 日本の食生活全集 37巻『聞き書 香川の食事』. 農山漁村文化協会, 1990, p.264-266