炭焼きのわっぱ弁当にも岩のり─日常の食生活

連載日本の食生活全集

2022年01月27日

聞き書 静岡の食事 伊豆海岸(雲見)の食より

冬でも、伊豆半島西海岸の松崎、雲見あたりでは霜の降りることも雪も少なく、外で働く日が多い。たいてい、山での炭焼きの作業を中心に、その合い間に畑の麦の世話をしたり、段々畑の日当たりのよいところで、きぬさやえんどうの栽培をしたりする。
晴れあがって、抜けるような青い冬空に、まっ白に雪をいただく富士山が、浜の正面に毎日くっきりと姿を見せる。
温暖な西伊豆海岸も、冬は駿河湾を吹き抜けてくる強い西風で、海は荒れて、一日中白波の立つ日が多い。岩場の多いこの海岸で、風の強い日に船を出すことはめったにないが、たまになぎのよい日に、めじなが釣れたりすることもある。冬はあまり魚がとれないから、秋にとれたさばやさんま、ぼら、うずわ(そうだがつお)などの塩漬やぬか漬を、春の漁がはじまるまで大切に食べる。うずわで一年分つくっておいたうずわ節も、だしに使うだけでなく、けずったものを味噌や岩のりと混ぜておかずにする。
伊勢えび漁は、冬場だけ解禁になるが、もったいなくて地元の人はほとんど口にすることはない。刺網漁でとれた伊勢えびは、量にも限度があるので、生簀に生かしておき、まとめて仲買人に売って現金にする。
十二月に入ると、風のない日をみはからって岩場の磯に出かけ、岩のりとりがはじまる。おもに女衆の仕事で、厚手の木綿足袋にわらじをしっかりくくりつけて、そのまま磯に入る。貝殻を杓子のように使って、腰をかがめ、声高にしゃべりながら、手も口も休めず、みんなで一緒にとるのは結構楽しい。冬の太陽の下で、伊豆の海の水は意外に温かく、苦にもならない。腰につけたびくがじきにいっぱいになる。
とった岩のりは、かやでつくったこもの上に広げて干してから、きれいにそろえて束ね、背負いかごに入れて山道を一時間半ほど歩いて松崎あたりまで売りにいき、現金にして、正月の買物のためにためておく。
岩のりは、自家用に缶に入れて保存しておき、冬の間中、麦飯にもんで入れて食べたり、あえものや吸いものにもする。また、のり巻きをつくって、正月や祝いごとのときにも食べる。炭焼きや農作業に行くときも、わっぱ弁当に味噌やうずわ節と一緒に入れて持っていく。ぶ厚くて、ごわごわしているが、磯の香りがしておいしい。香りの残っている三月くらいまでのうちに食べきってしまう。毎日のように食べても飽きない冬のおかずである。

写真:岩のり(上)と、そのつくだ煮

 

出典:大石貞男 他編. 日本の食生活全集 22巻『聞き書 静岡の食事』. 農山漁村文化協会, 1986, p.80-83

関連書籍詳細

日本の食生活全集22『聞き書 静岡の食事』

大石貞男 他編
定価3,038円 (税込)
ISBN:9784540860638
発行日:1986/10
出版:農山漁村文化協会(農文協)
判型/頁数:A5 384頁

静岡県は日本の食文化上、特異な位置を占める。大井川を境に県内の食文化が二分され、それが日本の東西の食文化の違いにほぼ重なる。民俗学上も貴重な静岡の食事の全貌。
田舎の本屋で購入

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