聞き書 三重の食事 紀伊山間の食より
■いのこ
毎年旧十月の最初のいのししの日に豊作のお礼をこめて行なわれる。ふつうの祭りのようにどんちゃん騒ぎをするのではなく、とこさまにお供えをして、家族は煮菜や混ぜごはんをつくって食べたり、静かにお酒を飲んだりする。
この日は、枡を使わないようにし、枡にはもちを入れて供える。農作業を休み、朝から各家庭でいのこもちを搗き、とこさまや米俵の上に供えて、豊年満作で家内安全でありがとうございましたと拝む。
いのこもちは、塩一つまみ入れた塩味の小豆あんを、直径二寸くらいの平べったいもちにまぶしつけたもので、少し固くなったものを焼いて食べると、小豆が焦げていっそう風味が出る。とこさまに供えるには、月の数だけ一二個、一枡に入れ(うる年=閏年には一三個)、とかき(米を枡で量るとき、枡の上をかく丸い棒)を添える。ていねいな家では、お頭つきの干ものの魚、さんまずし、こぶ巻きずし、のり巻きずし、なます、煮しめ、お神酒を用意してとこさまに供え、夕方、下げてきて家族で食べる。
写真:いのこもち
もち米をいれた枡に、塩あんをまぶしたもちをのせ、「とかき」を添える。
出典:西村謙二 他. 日本の食生活全集 24巻『聞き書 三重の食事』. 農山漁村文化協会, 1987, p.179-180