あゆずし

連載日本の食生活全集

2021年11月05日

聞き書 岐阜の食事 長良川鵜飼いの食より


あゆのなれずしのことである。元来はあゆの保存食として広く利用されたが、近代になってからは、正月の儀礼食として少量つくられるだけになった。利用する魚は雄の落ちあゆだけで、これは味とは関係なく、この時期の雌は商品価値が高いので売ってしまうからである。
九月末から十月、まずあゆの腹開きをする。肛門からえらぶた方向に包丁を入れ、はらわたはすべてとり出して、よく水洗いする。これは入念にしないとくさみが出る。
次にこれを塩漬にする。背と腹に塩をふり、桶かかめに順次詰めこんで層にしていく。とれた順に漬けこんでいき、四〇〇ぴきぐらいになるまで続ける。九月にとれたあゆは十二月まで三か月、十月にとれたあゆは二か月間漬けることになる。やがて、桶には上澄みの水分がうっすらとにじみ出てくる。
すし漬けは、十二月に入ると早々に行なう。朝のうちから準備にかかり、夕刻までの丸一日仕事となる。
鵜匠はまず塩漬けしたあゆをとり出し、一ぴき一ぴきうろこをはいでいく。ひとわたりはぎ終わると、塩出しをする。まず、竹かごにあゆを入れて近くの長良川まで持って行き、水に入ってざっと水洗いをする。そのあと家に持ち帰り、庭の水場(井戸端)で本格的な塩出しとなる。たらいに入れて流水(井戸水)にさらすのだが、塩の残りすぎも、出しすぎもいけない。年によって異なるが、三〇分から一時間近くまでさらし、試しにあゆをかんでみて、薄塩の鮭の味くらいになったところでとり出す。この塩出しの時機で味加減は大きくちがってくる。全くの勘に頼った作業である。
一方、ごっつぁんは米を炊きにかかる。米は新米に限るといい、わざわざ親類の農家に頼んで確実に新米を手に入れる。炊くのは女の人に限られており、一日中、何度も炊かなければならない。これは、ごはんが冷めると詰めにくくなるからで、作業の進みぐあいに合わせながら補充していくことになる。炊きあがったごはんのうち、一部は真水で洗って表面のぬめりをとる。これは「ふり飯」に使われる。ごはんには塩などの混ぜものはいっさい使用せず、あゆに残った塩分だけに頼っている。
塩出しのすんだあゆから順に、ごはんの詰めこみをしていく。炊きあがった温かいごはんをあゆの腹にたっぷり押しこむ。左手にあゆの腹を上にして持ち、右手でごはんをつかんで軽くにぎり、腹に入れて上から押さえる。にぎりずしの要領である。
ごはんを詰め終えると、このあゆを桶に並べていく。用意しておいたふり飯を底に敷き、あゆを横に並べていって、一段並べ終わると、上からふり飯をふる。ふたで軽く押してから二段、三段とこれを繰り返して詰めていく。大きい桶で五段、小さい桶で三段ぐらいである。
詰め終わると、湿らせた竹の皮を上からかぶせ、ふたをする。できあがった桶は納屋のすみに持っていき、重しをのせる。まず、ふたの上に材木の角切れをのせ、その上に川でとった丸石を置く。約一時間たつと重しがきいてきて、下のものが安定する。そのときを見計らって、真水を竹の皮の上にかける。水は桶の上面までいっぱい注ぎ、この日から毎日水が切れないように補充を続ける。水を使うのは、長良のあゆずしの特徴である。
およそ二五日目以後、食べられるようになる。重しのきいたあゆずしは、漬けたときより半分以下のところまで、かさが低くなっている。とり出す日は、その数時間前に桶を逆さにし、水をきる。これを「逆押し」といっている。水を落とし、桶のまわりの青かびをぬぐってから、ふたをあける。半年、一年と漬けるなれずしではなく、一か月ほどの「生なれ」なので、くさみもきつくなく、ごはんごと食べられる。
食べかたは自由で、細く切ったり、一ぴきそのままを酒のさかなにしたりする。

写真:あゆずしのつくり方(4)
一か月足らずで、おいしいあゆずしができる。

 

出典:森基子 他編. 日本の食生活全集 21巻『聞き書 岐阜の食事』. 農山漁村文化協会, 1990, p.329-330

関連書籍詳細

日本の食生活全集21『聞き書 岐阜の食事』

森基子 他編
定価3,038円 (税込)
ISBN:9784540900044
発行日:1990/5
出版:農山漁村文化協会(農文協)
判型/頁数:A5 384頁

飛騨は山の恵み、美濃は川の恵み豊かな国。米と繭の国だが、雑穀や山菜、木の実も大切な食糧。味噌・漬物・どぶろくなど発酵食品がよく発達している。山・川の恵みを受けた八つの地区の暮らしと食を収録。
田舎の本屋で購入

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