聞き書 岐阜の食事 古川盆地(国府)の食より
■朝―麦飯、味噌汁、くさもち、焼き味噌と切り漬
冬の朝六時、ほかの季節に比べて一時間あまりおそいとはいえ、農家の台所はまだ暗闇の世界である。標高五〇〇メートルを超す国府村の山本にある道洞家は、小高い丘の上にある。若嫁は、そんな未明の坂道を手桶を持って少し下り、隣家の井戸から、飲み水だけは運ばなければならない。思わぬ雨が降ろうものなら井戸水が濁るので、夜中に起きてでも水を運ぶのが高台にある家の主婦の宿命である。やっと水くみが終わり、前の晩に櫛づけておいた束ね髪に手ぬぐいをかぶって、家族六人の朝飯のやわい(準備)にかかる。
麦を二割入れて仕こんでおいたつぼがま(羽釜)をくど(かまど)にかけ、杉葉と粗朶木で火をおこし、毎朝二升の飯を炊く。釜底の白い飯をおぶくさま(お仏飯)にして、残りはおひつに移す。くどのおきをひなたに移し、春木(薪)を加えながら味噌汁をつくる。汁の実は、大根やぜんだいも(じゃがいも)のつぼ切り(さいの目切り)、ずいき(田芋=里芋の茎を干したもの)などである。
米の食い出し(食いのばし)をするために、くさもちを焼いて味噌をつけて食べ、あるていど満腹感が出てから麦飯を食べる。くさもちは、いりご(くず米)の粉にたっぷりのよもぎを入れたもちで、冷めるとまずいが焼きたてはうまい。
寒になれば、切り漬の桶にまで氷が張り、漬物をとり出すときは身ぶるいするほど冷たく、あかぎれのきれた手指に痛みが走る。凍った切り漬は枯れ朴葉か、高山の茶わん屋で買った貝なべ(ほたて貝の大きな貝殻)にそのまま味噌とともにのせて、でっき(いろりのすみに置く渡し金)で焼く。氷が解け、ふつふつと湯気が上がってくるとみながはしをのばし、つつきながら食べる。切り漬は、白菜や紅かぶら、ときには船津かぶらをきざんで塩漬にしたものである。
写真:冬の朝飯
上:くさもち、朴葉にのせて焼いた味噌と切り漬/下:麦飯、味噌汁(大根、ぜんだいも、ずいき)
出典:森基子 他編. 日本の食生活全集 21巻『聞き書 岐阜の食事』. 農山漁村文化協会, 1990, p.17-18