聞き書 岐阜の食事 飛騨白川の食より
白川村の雪解けはおそいが、春の日が強まりはじめる四月下旬に入ると気温はぐんぐん上がる。一風ごとに雪はみるみる消えていき、白山の中腹に山肌があらわれるころは、天生谷はごうごうと音をたてて流れる。やがて梅、桃、桜、ふじなどいっせいに花開き、村に春が訪れる。雪解けは野良仕事を追い立てる。一年で最も多忙な日々を迎え、村は活気づく。
種籾を水に浸し、苗代の準備をし、田んぼに堆肥を入れて馬で起こす。よい桑が育つように桑畑の手入れもする。じゃがいも、きゅうり、なすなど、夏野菜の種おろしもこの季節である。
■夜――ひえ飯、わらびの味噌汁、あさつきの味噌あえ、長漬
可憐な紫色のかたくりの花が二枚の葉で支えられている。白川の人々は、二枚の葉のうち一枚だけとり、これをおひたしにする。二枚ともとれば枯れてしまうからだ。ふじの花が天生峠に咲き乱れる姿もきれいである。若い花をとり、ゆでて、白あえか、おひたしにする。あさつき(自然生えの小ねぎ)の味噌あえが皿に盛られ、夕食の酒のさかなにもなる。
ふじの花の咲くころになると、天生谷にはいわなが群れてくる。ふじに集まる虫が川に落ち、これをいわなが食う。簡単に釣れる。
写真:春の夕食
ひえ飯、味噌汁、あさつきの味噌あえ、長漬
出典:森基子 他編. 日本の食生活全集 21巻『聞き書 岐阜の食事』. 農山漁村文化協会, 1990, p.69-70