納豆をつくるための枯草菌は、植物から供給される。稲ワラでつくった納豆から培養した納豆菌しか利用していない日本の納豆とは異なり、アジア納豆をつくる現地の人たちは、菌の供給源として多様な植物を利用している。アジア納豆をつくっている生産者は、菌の科学的な分析などしていない。彼らは、どのように植物を選択し、どんな納豆をつくっているのか。植物利用の視点から、多様性に富むアジア納豆の実態に迫っていきたい。
もくじ
稲ワラ納豆を探して
日本の納豆は培養した菌をふりかけて発酵させているが、かつては稲ワラで苞(つと)を作り、煮豆を包んで納豆をつくっていた。稲ワラについている枯草菌で煮豆を発酵させていたのである。では、お隣の韓国の納豆である清麹醤(チョングッチャン)はどうなのか。韓国の伝統的な大豆発酵食品「醤(ジャン)」についての総説論文で、「伝統的には、清麹醤は自然発酵に依存しており、昔の人々は茹でた大豆に稲ワラを使って枯草菌を接種することができていた。今日では、発酵プロセスのスターターとして使われる伝統的な清麹醤または稲ワラから株は純粋に分離されている。」と記されていることから(Shin and Jeong 2015: 6)、清麹醤の発酵も日本の納豆と全く同じ状況である。
納豆をつくるために稲ワラを使う地域は日本以外にはどこにもないのかと思いきや、共立女子大学の調査チームが書いた論文に「ワラをそこに敷いた深さのあるカゴに入れて、家から麻袋を被せて仕込む」という納豆のつくり方が記されていた(三星ほか 2007)。ミャンマーのシャン州ナンカン近くの民家で調査した納豆の記録である。アジア納豆も稲ワラを菌の供給源として利用しているようだ。
日本以外で、稲ワラで発酵させている納豆を見てみたい。ところが、2007年からアジア納豆の生産現場の調査を開始したが、稲ワラ納豆とは出会えないまま何年もの月日が経過した。しかし、2014年9月に実施した3回目のミャンマー調査で、ようやく念願の稲ワラ納豆と出会うことができた。それは、共立女子大学の調査チームの報告と同じシャン州だったが、全く違う場所で、州都タウンジー近くのタウンジー県のタウンニーという村であった。
市場から数分歩いたところで目にしたのは、大量の乾燥センベイ状納豆を天日干ししている光景であった。その納豆生産者は中国雲南省徳宏タイ族ジンポー族自治州出身の中国人であった。竹カゴの底に稲ワラを敷いて、その竹カゴの中にプラスチック・バックに入れた煮豆を入れるという発酵方法であった。しかし、竹カゴの底に敷かれた稲ワラは、使い古されてヨレヨレになっている(図1)。
発酵直後の状態は確認できなかったが、弱い糸引きがあるという。プラスチック・バックは、つくる度に洗うが、竹カゴと近くの農家からもらってくる稲ワラは何度も繰り返し使うという。稲ワラは腐って使えなくなるまで交換しない。その納豆は、電動のミンチ機で潰した後、トウガラシ、塩、根ニラを混ぜて、円形もしくは厚い四角形の乾燥センベイ状に加工する。知り合いには、稲ワラではなく、何か分からない葉っぱを敷いている人もいるが、中国人の祖父母から稲ワラを使うと美味しい納豆ができると教わったので使っているということであった。生産者は稲ワラの役割を理解していなかった。しかし、稲ワラが菌の供給源として機能していることは間違いない。
稲ワラで包まれたアジア納豆
タウンジー県で稲ワラ納豆を見つけた翌日、同じシャン州のロイレン県を訪ねた。ここには、納豆の生産地として有名なシャン族のコンロン村がある。村を訪ねると、すぐに乾燥センベイ状の納豆を天日干ししていた家を見つけた。発酵している状態の納豆を見ることはできなかったが、煮豆を発酵させる竹カゴがあるというので、それを見せてもらった。稲ワラが竹カゴの底に敷き詰められていた。タウンニー村で使われていたようなヨレヨレの稲ワラと違い、シャキっとした新鮮な稲ワラであった。村人に「発酵させている状態の納豆がないか」と尋ね歩いたところ、トパンゴイさんという方の家を紹介された。そこで私は初めて完全に稲ワラで包まれた状態で発酵させている納豆を見ることができた(図2)。煮豆はプラスチック・バックに入れられているが、上下も側面もすべて稲ワラで覆われている。
稲ワラを使うという点でアジア納豆と日本の納豆の共通性を確認できたことに喜びを感じていたのも束の間、周りの人たちは「稲ワラよりもシダで発酵させた納豆のほうがおいしい」と言うのだ。そして、トパンゴイさんの家の隣りに住む女性が、実際に発酵で使っていたシダを持って来た(図3)。
コンロン村の近くには、多くのシダが生えているが、それらは乾季で使い果たしてしまい、雨季になると遠くの森に行かなければシダの入手は困難になる。この村を訪れたのは9月上旬で、モンスーン気候のミャンマーでは雨季であった。雨季でも森にシダを取りに行く世帯もいるが、トパンゴイさんは森まで行くのは大変なので、稲ワラを使っていたのである。稲ワラはウシの飼料として保管してあるもので、雨季は稲ワラを使うのが村では一般的だという。シダを持って来た女性は、雨季でもシダで納豆をつくりたいので、乾季に多めに採取して保管しておくのだと言う。
この村では、何度も稲ワラを使い回す中国系の生産者とは異なり、稲ワラもシダも使い回しはせずに、1回で捨てていた。コンロン村では、納豆をつくるための菌の供給源として考えた場合、稲ワラよりもシダのほうが重宝されていた。ただし、稲ワラであろうが、シダであろうが、ここでつくられる納豆の糸引きは弱い。
シダ納豆は美味しい
日本人にとって、シダ植物を納豆の発酵に使うというのは、意外に思うであろう。しかし、タイ・チェンマイ県、そしてミャンマー・シャン州タウンジー周辺では、シダで煮豆を発酵させた納豆がつくられていることが、古くから報告されている(Leejeerajumnean et al. 2001; 吉田 2000, p.70)。そして、現地調査でも、上に述べたコンロン村以外のさまざまな場所でシダが使われていた(表1)。
表1 アジア納豆で菌の供給源として使われている植物
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とくに2014年に調査をしたパオ族のマッティンジーさんのシダでつくった納豆は、今でも記憶に強く残っている。州都タウンジーの市場ではたくさんの乾燥センベイ状の納豆が売られていたが、粒状の納豆を販売していたのは彼女だけであった。日本の納豆と比べると臭いが弱く、しかも糸引きがほとんど無い。しかし、納豆の味はしっかりとしていて、これなら、納豆嫌いの人でも食べられるかもしれない。そんな納豆であった。
納豆生産のプロセスを見せてもらうために、タウンジー郊外にある彼女の自宅を訪ねた。森から取ってきたシダを竹カゴの側面に敷いたものが用意してあった。そこに茹で上がった熱い状態の豆を、鍋から直接カゴに入れる。水切りをよくするために下には葉を敷かないというつくり方である(図4)。かつては、竹の葉をカゴに敷いていたが、30年前にいつも納豆を売りに来ていた隣村の人から、シダで発酵させたほうが美味しい納豆ができると教えてもらった。試してみたら、竹の葉よりも美味しい納豆ができたので、それ以降ずっとシダを使っているという。
シダは、東南アジア・タイ系だけでなく、ヒマラヤ・ネパール系の納豆でも菌の供給源として使われている。インドのシッキム州の州都ガントック近郊のリンブー族は、「ウニュ」と呼ばれるシダを使っていた。茹で上がった大豆を杵と臼で軽く割ってからシダを敷き詰めた竹カゴに入れる(図5)。かつては、イチジク(クワ科イチジク属 Ficus spp.)の葉を使っていたが、シダで発酵させた納豆のほうが良い香りがするので、40〜50年ぐらい前からイチジクの葉を使わなくなったという。
何千キロも離れたミャンマーとインドの2地域で、全く異なる民族が偶然にも同じ植物を使い、全く同じつくり方をしていた。味で菌を供給する植物としてシダが選ばれたのは、納豆の味が決めてとなったと言える。
粘りの王者はイチジクとパンノキ
シッキムでは、イチジクで発酵させていた納豆がシダへと変化した。しかし、イチジクの葉もアジア納豆の中でも糸引きの強い納豆をつくる人たちが好んで使う菌の供給源となっている。とくに、粒状のまま食べる東南アジア・カチン系の地域にイチジクを利用する生産者が多く見られる(表1)。
表1 アジア納豆で菌の供給源として使われている植物
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カチン州の州都であるミッチーナ中心部の市場では、大きな葉に包まれた納豆が机に並べられて売られていた。その葉を開けると、強い糸引き納豆が姿を現した(図6)。
この葉がクワ科イチジク属の葉である。葉1枚にちょうど1食分ぐらいの量の納豆が包まれている。納豆をつくって売っているザイワ人のバンムムさんの家を訪ねると、イチジクが庭に植えられていて、「この葉を使っている」と教えてくれた。バンムムさんは、糸引きの強い納豆がよく売れると述べていた。
ミャンマーのカチン州では強い糸引きの納豆が主流のようだ。しかし、1か所だけの調査では、地域像が分からないので、ミッチーナよりもさらに北に位置するカチン州プータオ県というミャンマー最北の地を訪れて調査を行った。納豆はプータオ市内中心部の市場でたくさん売られていたが、植物の葉を使って発酵させる納豆は見られなかった。ラワンの人で納豆を生産している2軒の家を訪ねたが、かつてはイチジクを使っていたが今は茹でた大豆をプラスチック・バックに入れるという発酵方法であった。
そこでプータオの東に行位置するマッチャンボーに向かった。市場で納豆を売っているジンポー人のアウンラーさんの家を訪ねると、これまでとは全く違うつくり方を見ることができた。それは、2種類の葉を使い、外側にフリニウム(クズウコン科フリニウム属 Phrynium pubinerve)の葉を十字に2枚置き、その内側にパンノキ(クワ科パンノキ属 Artocarpus spp.)の葉を敷いて、そこに煮豆を入れるという(図7)。それを、しっかりと縛って囲炉裏の上などの暖かい場所に置いて3〜4日間発酵させるという。
別の日、プータオ市の中心部の市場でなく、町外れの空港市場に行ってみた。しかし、納豆を売っていない。市場の人に聞き取りをすると、ドジャナさんというジンボーの女性が毎朝、納豆を売っているという。ドジャナさんの家の場所を教えてもらい、直接行ってみることにした。ドジャナさんの家に行くと、大豆を茹でている最中で、しかも囲炉裏の上には発酵中の納豆もあった。そのつくり方は、マッチャンボーのアウンラーさんと非常に似ていて、浅いザルの上にフリニウムを敷いて、その上にパンノキの葉を載せて、そこに煮豆を入れる発酵の方法をであった(図8)。これら外側のフリニウムの葉は大量の煮豆がこぼれないようにするために使っており、菌を供給する発酵源となっているのは主にパンノキの葉だと考えられる。
マッチャンボーとプータオで見たパンノキの納豆は、どちらも非常に強い糸引きがある。ただし、ミッチーナでは葉1枚に納豆1食分であったが、プータオでは、葉を重ねて比較的多くの煮豆(3〜4食分)を包んで発酵させていたのが特徴的であった。
ミャンマー・カチン州で糸引き納豆をつくっていたザイワ人やジンポー人は、国境を挟んだ中国側の雲南省徳宏タイ族チンポー族自治州にも多く住む。徳宏タイ族チンポー族自治州の納豆については、笹、ビワ、ワラ、チークなどが菌の供給源として使われていることが分かっているが(難波ほか 1998)、ミャンマーで見たイチジクやパンノキの葉については何も報告がない。同じ民族でも、違うつくり方をしているということであろうか。
2015年7月に中国雲南省徳宏タイ族チンポー族自治州で納豆の調査を行った。芒市近郊のザイワ人のノンチュー村では、聞き取りで「マイパンハ」と呼ばれる大きな葉を使うと言っていたが、それが何かは確認できなかった。しかし、瑞麗市の市場では、ミャンマーのミッチーナで見た葉に包まれた納豆と全く同じものが売られていた(図9)。
タライで売っている粒の納豆は、葉に包まれた納豆を取り出して、トウガラシ、ショウガ、オオバコエンドロ(Eryngium foetidum)、塩、うま味調味料を混ぜた味付き納豆である。つくっていたのは、ミャンマー生まれの徳宏タイ族のジンプンさんであった。自宅に伺って、納豆をつくっている現場を見せてもらった。使っていた葉はイチジク属だと思われる。2枚重ねて十字にして煮豆を包む方法であった。この納豆は、糸引きがとても強く、味も日本の納豆と非常に近い。
東南アジア・カチン系の地域で納豆をつくる人たちは、強く糸を引く納豆を好んでいる。おそらく長い試行錯誤の結果、イチジクとパンノキを菌の供給源として使うことで強い糸引きの納豆が出来ることを知り、これら2つの植物の葉が使われることになったのであろう。
使いやすい大きな葉
東南アジアでもタイ系の納豆は乾燥センベイ状にするため糸引きにそれほどこだわらない生産者もいる。そうした納豆をつくるときに選ばれる代表的な菌の供給源が、バナナ(バショウ科バショウ属 Musa spp.)、フリニウム、チーク(シソ科チーク属 Tectona grandis)の3種類の植物の葉である。バナナは、アジア納豆の4つの系統全ての納豆で使われており、チークはヒマラヤ・チベット系を除く3つの系統、そしてフリニウムは、東南アジアのタイ系とカチン系の2つの系統の納豆で広く使われている(表1)。とくに、バナナとフリニウムは、食料を包む目的で日常的に使われているという点で、納豆を包んで発酵させるという用途に使われることは容易に想像できるだろう。
表1 アジア納豆で菌の供給源として使われている植物
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納豆の菌の供給源としてバナナが使われている事例は、すでにタイ北部のトゥアナオ(Chukeatirote 2015)、またネパールとブータンのキネマ(Sarkar and Tamang 1995)の報告がある。私の調査では、ミャンマー・チン州南部のチン族(ムン・チン)の生産者とベトナム北西部ソンラー省のカム族の生産者がバナナの葉を積極的に使っていた(図10、図11)。
インド北東部のアルナーチャルプラデーシュ州、マニープール州、ナガランド州、メガラヤ州などでは、バナナに加えて、フリニウムの葉が菌の供給源として広く使われていることが報告されている(Singh, Singh and Sureja 2007; Mao and Odyuo 2007;Sohliya et al. 2009)。前節でパンノキの葉の外側にフリニウムを巻くジンポーの生産者の納豆を紹介したが、東南アジアで枯草菌をフリニウムの葉から供給する生産方法が見られたのは、ラオス北部ポンサリー県ブンヌア郡のタイ・ルー族と中国雲南省徳宏タイ族チンポー族自治州の瑞麗市近郊のパラウン族(崩竜族)がつくる納豆だけであった。ラオスのタイ・ルーの生産者は「トン・チン」と呼ばれるフリニウムで煮豆を包んで発酵させた後に、厚焼きクッキーのような乾燥納豆をつくっていた(図12)。
そして、中国雲南省徳宏のパラウンの人たちが住むパートゥム村では、フリニウムを菌の供給源かつ納豆を熟成させるための包みとして使っていた。パラウンの生産者は、塩を入れて潰した納豆を囲炉裏の上に置いて数ヶ月ほど熟成させ、それを調味料としてスープや炒め物に入れて使っている。煮豆を発酵させる時には、バナナ、フリニウム、シダのどれでも良いと言うが、発酵後に豆を潰して塩を混ぜて熟成させる時には、丈夫なフリニウムでなければダメだと言う(図13)。
では、チークの葉はどうなのか。チークは南アジアから東南アジアの熱帯モンスーン地域に分布し、水に強く、耐久性に優れ、腐りにくいという特徴から、船舶・家具などの用材や建築材として使用されている。葉のサイズは、大人の顔よりも大きく、丸くて使い勝手が良い。特にタイ北部のタイヤイ族とコンムアンの人たちが納豆をつくる際に好んで利用していた(図14)。
ミャンマーでもチークはよく見かけるが、私の調査でチークを使っていたのは、マグウェ管区ガンゴー県ソー郡区レージーアイ村だけであった。この村は、タウンヤと呼ばれるチーク造林を行う政府事業のために、いろいろな場所から移住してきた人々によって2001年につくられた村である。そこで納豆をつくっていたチン族(チン・ボン)のドーケー・テ・イーさんも移住者で、昔住んでいた村では、木の名前は分からないが「納豆の葉」と皆が呼んでいた葉を使って納豆をつくっていた。しかし、レージーアイ村には「納豆の葉」が無かったので、チークの葉を使い始めた(図15)。チークの葉を使った方法は、他の村で見たことがあったと言う。チークの葉で発酵させた納豆は、潰してから天日干しして厚焼きクッキーのような乾燥状にして調味料として利用していた。
使いにくいが美味しい納豆がつくれる葉
ドーケー・テ・イーさんは、昔住んでいた村で「納豆の葉」と呼んでいたものを家の近くで1本だけ見たことがあると言う。どんな木なのか、非常に興味があったので、その場所に連れて行ってもらった。その木は、ナス科のヤンバルナスビ(Solanum erianthum)であった(図16)。レージアイ村以外にも、同じ地区に住む「タウンダー」(山に住むビルマ人という意味)を自称する人々がヤンバルナスビを菌の供給源として使っており、その木を現地語で「タウサッピャー」と呼んでいた。
東南アジアでは、複数の地域でヤンバルナスビの葉を菌の供給源としてではなく、発酵した納豆を潰して、平たく加工する工程で使っている。タイ・メーホンソン県のタイヤイ族とミャンマー・シャン州のタウンジー周辺のパオ族の人々は、その葉を両手に持って、発酵後の納豆を丸めたり、またその丸めた納豆を叩いて平たく加工したりしている(図17)。葉の両面にびっしりと毛が生えているヤンバルナスビを使えば、粘る納豆が手に着かずに素手で丸めたり叩いたり、加工することができるのである。よく考えたものだと感心する。しかし、タイヤイの人たちもパオの人たちも、発酵時の菌の供給源としてヤンバルナスビの葉は使わない。
しかし、なぜこの地区ではヤンバルナスビの葉を菌の供給源として利用するのか、その理由が分からない。なぜなら、ヤンバルナスビの葉は、これまで紹介したイチジク、パンノキ、バナナ、フリニウム、チークのような大きく包みやすくて堅い葉とは真逆の特徴を有しているからである。すなわち、その葉はそれほど大きくはなく、柔らかく、しかも非常にもろい。ソー郡区ピンレー村でヤンバルナスビの葉で利用しているドーエーチェインさんの家で納豆のつくり方を見学させてもらったのだが、竹カゴに敷き詰めるためには何十枚もの葉を使わなければならず、大豆を発酵させた後は、湿気で葉がボロボロに崩れて、それらを納豆から剥がすのに一苦労していた(写真18)。
タウンダーの人たちが納豆生産に向かない種類の葉を使う理由は何なのだろうか。この疑問を素直に彼らに投げかけてみると、「タウサッピャーでつくった納豆は香りが良い」と答えた。どこかで聞いた答えである。そう、シダで発酵させる納豆をつくっていた人たちと同じである。やはりアジア納豆をつくっている人たちは、味で使う植物を決めているのである。また、ヤンバルナスビとシダには、包むという目的には向かないという共通点もある。もっとも初期の納豆のつくり方は、大きな葉に煮豆を包むという方法であったが、次に大量に生産するために竹カゴのような容器に植物の葉を敷く方法が登場した(横山 2014, pp. 280-282)。容器を使うことによって包むには向かない植物でも敷くことで利用できるようになり、菌の供給源として利用することができる植物の種類は増えた。ヤンバルナスビとシダのような植物は、納豆のつくり方が大きな葉で包むという方法から、竹カゴのような容器を使う方法へと進化していく中で使われるようになった種類であろう。
納豆の場合、強い粘りの食感を好むならイチジクかパンノキを利用するという選択になった。そして味で選ばれたのが、地域や民族の違いを越えて使われているシダなのかもしれない。また、納豆の生産には向かないにもかかわらず、美味しいという理由でヤンバルナスビを使い続けている人々もいる。それぞれの地域、またそれぞれの民族には、好みの味や食感がある。ただし、味覚というものは、極めて主観的、かつ曖昧なもので、特定の基準で評価することは難しい。そして、味覚は時代によっても変化するので、菌の供給源となる植物が変化することも当然のように見られる。このようなアジア納豆の実態が明らかになるにつれ、日本人は、なぜ使いやすいとは言えない稲ワラで納豆を作り続けてきたのであろうか。その理由がますます分からなくなってくるのである。
【第2回終わり】
写真提供:著者(横山 智)
Learning from the fields(横山智 個人サイト)
教員詳細:横山智(名古屋大学教員プロフィール)
文献
難波敦子・成暁・宮川金二郎(1998)「中国雲南省の『糸引き納豆』」『日本家政学会誌』49 (2), 193–197.
三星沙織・田中直義・村橋鮎美・村松芳多子・木内幹 (2007)「ミャンマーの大豆発酵食品ペーポの現地調査とペーポから分離された細菌を用いた糸引納豆の開発」『日本食品科学工学会誌』54 (12), 528–38.
横山智(2014)『納豆の起源(NHKブックス1223)』NHK出版.
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