聞き書 静岡の食事 県北山間(水窪)の食より
■弁当の麦飯を二回に分けて食べる
山仕事に出る日の弁当は、小判形のめんぱの身とふたにぎゅうぎゅうに麦飯を詰める。両方を合わせると五合は入る。おかずは、なすの油味噌や漬物を、小型の木のさいばちに入れていく。はしは、食べるさいに手近な木の枝を折り、なたでけずったものを使えばよい。一〇時ごろの朝めしにはふたのほうを、二時ごろの昼めしには身のほうを食べる。やかんに湯をわかし、近くに自然に生えた茶の木があれば、枝を折りとって火にあぶり、焦がした葉を放りこんで煮出す。最初の一つぎは地面に注ぐ。山の神さまへのお供えである。
六月の末ごろ、山を伐採してやぶ焼き(焼畑)の準備をする。自分の持ち山が十分にない人は、山持ちから土地を借りる。木を乾燥させるために一五日から二〇日の間放置したのち、各家からゆいで人に出てもらって焼く。一枚の面積はおおよそ一反歩から一反五畝くらいで、一日に二、三枚焼くこともある。
この時期の焼畑は秋やぶといい、最初にそばを播くのがふつうである。そばは七五日おけばよいから、彼岸の前三〇日から三五日くらいが播種の適期とされる。山畑一枚に一斗播きといい、これで収穫時は五俵くらいになる。「あつ種播きはぬかを食う」といい、むしろ薄く播いたほうが粒がつく。このそばの収穫は九月のはじめころになる。
山畑をつくって一年目を「あらき」と呼ぶ。二年目には杉やひのきの苗を植えるとともに、四月ころにあわを播くことが多い。一反歩に五合播きがふつうで、八月末には収穫できる。そのあとは、日向のところにだけ小麦を播き、冬を越した三年目の五月ころに収穫する。次に大豆か小豆を播く。そのころになると、もう杉の苗もかなり大きくなっており、豆類を秋に収穫し終わると山畑としての耕作は終了し、いわゆる山林になる。かつての雑木林は、こうしてつぎつぎに杉やひのきの山林に変わっていく。
写真:「めんぱ」に詰めた弁当
焼畑作業の日は、めんぱの身とふたに5合もの麦飯を詰め、2回に分けて食べる。はしは、そのへんの木の枝を折り、なたでけずって使う。
出典:大石貞男 他. 日本の食生活全集 22巻『聞き書 静岡の食事』. 農山漁村文化協会, 1986, p.256-257