聞き書 静岡の食事 富士山麓の食より
三月に入ると寒さもゆるみ、野良仕事が活発になる。彼岸を前後に、とうもろこしの種播きが行なわれる。
とう菜(水菜)摘みもはじまり、四斗樽に踏みこみながら、盛んに塩漬をする。とう菜は、日がたってから漬けこむと、甘みがなくなって味が極端に落ちる。摘む量は後の漬けこみを考えて決める。これから、三度の食事にとう菜が使われる。
春の稲作は「種ばかり」(種おろしともいう)からはじまる。かますに入れておいた種籾を四月一日に蔵から出し、種ばかりといって、苦汁を入れた桶の水に浸して精選する。再びつと俵に入れ、流水に十日ほど、流れないように石をのせて浸す。途中一、二回ひっくり返し、平均に芽が出るようにする。芽が出た種籾は、四月十七日、十八日の苗代土用に苗代田へ一反歩当たり六升播く。
八十八夜は、五月一日か二日ころになる。「八十八夜の別れ霜」といい、この日がすぎれば霜はもう降りないとして、寒い富士山麓でも、苗ものを植えるなど農作業の目安にする。
五月のはじめころから田植えの終わる六月末までを「農」または「仕付け」といって、ただただ農作業に専念する。農が終わるまでは洗濯をしてはいけないともいう。このころ、桑の木の大葉(秋蚕、晩秋蚕用の「魯桑」という品種)も台切りして、新芽を吹かせる準備をする。
こぶしの花が咲くころになると、いもの芽の出ぐあいをみる。そして冬場の大事な食糧になる里芋の植付けをはじめる。「いもの芽は雪が解けたらそろそろはじめ、木の芽がほけたら(青くなったら)おしまいなされ」という言葉のとおり、木の芽が出るころに植える。里芋は、芽が出かかったよいいもだけにむしろをかけ、三分くらい芽が出たものを植える。
五月も半ばになると、畑のまわりに植えてあるお茶の木も芽を吹く。これを摘んでお茶やさんにつくってもらうと一年中使う分くらいある。このころから、蚕の種を買って春蚕を飼いはじめる。
写真:畑仕事の弁当(左)と茶樽
麦飯に、おかずはらっきょう漬、たくあん、金山寺味噌、鉄火味噌など。
出典:大石貞男 他編. 日本の食生活全集 22巻『聞き書 静岡の食事』. 農山漁村文化協会, 1986, p.23-24