聞き書 鹿児島の食事 霧島山麓の食より
初夏の夕暮れは、うず高く積まれた菜殻火のはぜる音、満々と張られた田水の中での蛙の合唱、黒煙なびかせて走る列車の汽笛、牛の鳴き声も川内川を渡ってくる。こんなのどかな一日を泥田につかった人々は、「田植えが終わるまでほんとに猫の手も借りたい」と疲れきった足どりで思う。
田植えは結いをしたり、反別の広い農家は雇いも頼んだりする。結いは三軒くらい、一〇人ほどの人数で組んで働くが、食事はそれぞれの家でとる。一〇時と三時の茶あがいは田植えをする家が出し、年寄りがおればこむっだご(小麦粉のだんご)などをつくり、熱いお茶もいねかぎで運んでくれるので助かる。
橋口家はこの期間中、一〇人ほど雇っている。主婦のフサヱさんも田に出るから、重労働に報いる食事もそうそうつくれない。そこで、田植え前の雨降り日に、あじのだしざこでつくだ煮をつくったり、油味噌をつくっておく。奉公人にはかつお節一本と黒砂糖一斤ずつ渡してのりきる。作女たちはこのかつお節や黒砂糖には手をつけず、近くの実家に持ち帰ったりしている。
田植えが終わるころ、山は新緑となり、畑雑草はとめどなくはびこっている。麦を刈り、からいもを植え、あぜにはささげ豆や小豆も植える。土用の日照りで伸びた大豆の中に、あわを播いて踏む。田んぼに田車を押して二番草取りが終わるのは土用すぎとなる。
写真:夏はといもがらが一番
川魚との煮つけ(左)、揚げおかべ入りの酢のもの
出典:岡正 他. 日本の食生活全集 46巻『聞き書 鹿児島の食事』. 農山漁村文化協会, 1989, p.152-153