聞き書 静岡の食事 県北山間(水窪)の食より
九月二十九日は「おとぐち」といって、かまの神さま(荒神さま)の祭日とされる。おとぐちとは、乙の九日、つまりその月最後の九の日という意味である。
おとぐちには、ぼたもちをつくる。小豆をゆでてすり鉢でつぶし、さらしの袋でこす。これに塩少々を混ぜてあんとする。砂糖はめったに使わない。うるし米(うるち米)と、もちあわをやわらかめに炊いて、これにあんをまぶす。「米だけのぼたもちがけなるい(欲しい)」と、子どもたちはいつも思っている。
しゅろの葉に中折り(白い和紙)を敷いてぼたもち一個をのせ、葉の両側をしぼるようにして筒のように包みこむ。これを二本つくって結び、家の中のかまの神に供える。翌日、ぼたもちを出して、かわりにとしのみ(何かもらいものをした場合のお返しの品のこと)として、みかん、柿などを入れて包み、屋敷内の柿の木にひっかけておく。
このしゅろの包みは、かまの神さまが在所に里帰りするときにみやげに持って行くものとされる。そして一晩泊って三十日にはお返しを持ってもどって来るといわれているのだが、もし九月が小の月に当たって二十九日までしかないと、神さまは日帰りしなくてはならず、不機嫌になって荒れるので天候が悪くなる、といわれている。
写真:おとぐち(乙の九日)
9月29日はかまの神さま(荒神さま)の祭日。しゅろの葉にぼたもち1個をのせ、包みこむ。
出典:大石貞男 他編. 日本の食生活全集 22巻『聞き書 静岡の食事』. 農山漁村文化協会, 1986, p.263-265